先日、バーガーキングのアプリで注文しているとき、こんなことを考えていました。「あと500円分頼めば、Platinumに上がるな」と。
冷静に考えれば、これは設計者の戦略にきれいに乗せられている状態です。あと少しで上のステージ、という表示に反応して、注文を一品足そうとしている。
その自覚はありました。それでも、また行きたくなる。この感覚は何なのか、うまく言葉にできませんでした。
その正体を教えてくれたのが、野村一裕さんの「バーガーキング流 逆襲のマーケティング」です。著者はビーケージャパン ホールディングスの代表取締役社長で、後発ブランドがどう戦うかを実務の視点から書いた本です。
読み進めるうちに、自分が「踊らされていた」あの仕組みが、緻密な設計の一部だったことが分かってきました。
マーケティングの6つの悩みに、本はどう答えるか
この本の面白さは、現場でよくぶつかる悩みへの解答という形で読めるところにあります。
差別化の方向性が定まらない。広告が話題にならない。リピーターが育たない。短期の数字と長期のブランドをどう両立するか。やることが多すぎる。そもそも商品が愛されているのか分からない。
広告運用の現場でも、形を変えて同じ悩みに向き合っています。本書はこれらに、いくつかの明快な概念で答えていきます。
4象限で、施策の偏りを可視化する
まず紹介したいのが、施策を4象限で整理するフレームワークです。
縦軸に「世論・時流」と「ブランド訴求」、横軸に「他者発信」と「自社発信」を取ります。いま動かしている施策を、この4つの箱に置いていく。
置いてみると、自分の施策が特定の箱に偏っていることに気づきます。話題づくりばかりで、ブランドを地道に訴える施策が薄い。あるいはその逆。
全体のバランスを一枚で見られること。これがこのフレームワークの価値だと感じました。
広告運用でも、目の前のキャンペーンごとに最適化していると、全体で何が欠けているかは見えなくなります。施策を俯瞰する視点を、この4象限は与えてくれます。
ステージ型の会員制度が、継続の動機を生む
次に印象に残ったのが、会員制度の設計です。
本書で語られるのは、Bronzeから始まりDiamondに至る5段階のステージ制。ここで巧妙なのは、ステージが直近3か月の購入金額で毎月更新される点です。
利用が減れば、ステージは下がる。だから、いまの位置を保ちたい、あるいは上げたいという動機が続きます。
冒頭の「あと500円でPlatinum」は、まさにこの設計が働いた瞬間でした。設計を理解しても、なお動かされる。そこにこの仕組みの強さがあります。
ここで大事なのは、これを継続利用を促す仕掛けとして捉えることです。無理に引き止めるのではなく、上を目指したくなる状態をつくる。ロイヤルティを高めるとは、こういうことなのかと腑に落ちました。
限られた広告費でリピート施策を設計するときも、示唆があります。新規獲得を追い続けるより、既存の顧客が「あと少し」と感じる設計に投資するほうが、効率が良い場面は多いはずです。
短期と長期を、別々の指標で追う
やることが多すぎるという悩みへの解答も、組織設計の話として書かれています。
本書では、新商品開発チームと並列にブランドチームを置く形が紹介されます。片方は短期の売上を、もう片方は中長期のブランド価値を追う。
同じチームが両方を追うと、どうしても目先の数字に引っ張られます。指標を分け、担当を分けることで、長期の視点が守られる。
広告運用でも、獲得系のキャンペーンと認知系の施策を同じ目標で評価すると、認知系は必ず割を食います。評価軸を分けるという発想は、そのまま使える考え方です。
「打倒マック」をやめる、という戦略
本書には、後発ブランドの戦い方を示すキーフレーズがいくつも出てきます。
たとえば「打倒マックをやめる」。最大手を正面から倒そうとするのではなく、別の土俵を選ぶという判断です。
「競争優位の半分くらいは競争相手がつくってくれている」という一節も印象的でした。相手が大きいがゆえにできないことがある。そこに自分の場所がある、という見方です。
戦略とは「余計なことをしない」ことだ、とも書かれています。あれもこれもやるのではなく、やらないことを決める。この引き算の思想が、本全体を貫いています。
全員に好かれることを、目指さない
差別化と愛されることについて、本書はこう言い切ります。
「全員に好かれるというのは、誰からも愛されていないのと同じ」。
尖りを消して当たり障りをなくすと、誰の心にも残らない。マーケティングの本質は、「家族や友達に『こんないい買い物をした』と言いたくなる状態」をつくることだ、と著者は書きます。
この基準は、広告の訴求を考えるときにも効きます。全方位に無難なメッセージは、結局だれにも刺さらない。誰に何を語りたくなってほしいのか、を先に決める必要があります。
緻密な設計は、おいしい商品の上にしか成り立たない
読み終えて一番残ったのは、こういう趣旨のメッセージでした。
どれだけ緻密なマーケティングを設計しても、それは「おいしい商品」という土台の上にしか成立しない。土台が弱ければ、設計はいずれ崩れます。
広告運用の言葉に置き換えれば、プロダクトやLPの体験が弱いまま配信を磨いても、限界があるということです。設計の技術は、良い中身を前提にして初めて力を持ちます。
明日から試せる5つのこと
本書を運用の実務に引きつけて、自分なりに5つの行動に整理しました。
| # | アクション |
|---|---|
| 1 | 自社施策を4象限にマッピングし、偏りを確認する |
| 2 | 最大手ができないことを3つ書き出す |
| 3 | 「やらないこと」リストを5項目つくる |
| 4 | 会員ステージを「期間で動く」設計で考え直す |
| 5 | 顧客体験のコア要素を1つに言語化する |
どれも大がかりな仕組みは要りません。手元の施策を見直すきっかけとして、明日から着手できるものばかりです。
「あと500円でPlatinum」と考えていた自分は、たしかに設計に乗せられていました。でも、その体験を分解できるようになったこと自体が、この本を読んだ収穫でした。
後発として戦う視点は、限られた資源で成果を出す広告運用の現場にも、そのまま重なります。差別化に迷っている方に、静かにおすすめしたい一冊です。