数年前、広告運用でひとつの改善提案をまとめるのに、まる一日かけていた時期があります。
競合のLPをスクリーンショットで保存する。GA4のレポートを複数パターン出力する。社内の過去事例を遡って読み込む。手は止まらず、机の上には材料がどんどん積み上がっていきました。
でも、肝心の「どうするか」には、いつまでも到達できませんでした。
上司やクライアントから「で、どうすればいいの?」と聞かれても、答えられない。この状態が、いつの間にか常態化していました。
その頃の自分に順番を教えてくれたのが、内田和成さんの「仮説思考」です。2006年に出た本ですが、情報があふれる今こそ読み直す価値があると感じています。
情報が多いほど、良い判断ができるはずだった
当時の自分には、疑っていなかった前提がありました。情報が多ければ多いほど、良い判断ができるはずだ、というものです。
だから調べました。網羅的に、抜け漏れなく。調べている間は、仕事をしている実感がありました。
でも今振り返ると、情報収集そのものを仕事だと錯覚していたのだと思います。材料が増えても、判断は一歩も前に進んでいませんでした。
丁寧に調べているつもりが、結局は場当たり的な判断で終わる。この感覚に、心当たりのある運用者は少なくないはずです。
仮説思考とは、答えから先に考えること
本書が示すのは、順番を逆にするという発想です。
普通は「調べてから考える」。仮説思考では「先に考えてから、必要な分だけ調べる」。情報が不十分な段階でも、先に仮の答えを立ててしまいます。
そのうえで、その仮説を検証するために必要な情報だけを集める。網羅ではなく、絞り込みです。
網羅を手放すのは、思ったより怖い
理屈はわかっても、実践には抵抗がありました。網羅的に調べることには、安心感があったからです。
その安心感の正体に気づいたのは、少し後のことでした。抜け漏れなく調べておけば、たとえ判断を間違えても「自分のせいではない」と思える。無意識のうちに、そんな保険をかけていたのです。
仮説を立てるのは、この保険を外す行為でもあります。「何を調べないか」を、自分で決めることになるからです。
調べないと決める。この責任の重さが、仮説思考をためらわせる本当の理由でした。事実として、順番を変える難しさは技術より心理の側にありました。
仮説は外れてもいい。回数で精度が上がる
もうひとつ、抵抗をやわらげてくれた考え方があります。仮説は外れてもいい、というものです。
一度で当てる必要はありません。立てて、検証して、外れたら修正する。このサイクルを速く回すほど、仮説の精度は上がっていきます。
大事なのは、一発の的中率ではなく、回転の速さです。同じ時間の中で修正を何度もかけられれば、最初の仮説が粗くても最終的な答えは鋭くなります。
ここで注意したいのは、仮説と当てずっぽうは別物だという点です。将棋の棋士が指す一手は、思いつきに見えても膨大な対局経験に裏打ちされています。場当たり的な思いつきとは、まったく質が違います。運用者にとっての経験の蓄積も、同じ役割を果たすはずです。
2006年の本が、今こそ読まれるべき理由
この本が書かれたのは2006年です。情報を集めること自体が、今より難しかった時代でした。
状況は逆転しました。今は情報がありすぎて、集めること自体はほとんど障害になりません。だからこそ「何を見ないか」を決める技術の価値が、相対的に上がっています。
調べる力より、調べる範囲を絞る力。ここに、古い本が今また効いてくる理由があると考えています。
変えるのは分析の「量」ではなく「順番」
この本を読んで、自分の課題がどこにあったのかがはっきりしました。
分析の量が足りなかったわけではありません。むしろ量は十分すぎました。足りなかったのは、順番でした。
先に答えを持つ。必要な情報を取りにいく。検証して修正する。このサイクルを速く回すだけで、同じ時間でより多くの課題に向き合えるようになります。判断の質も、あわせて上がっていきました。
「分析に時間はかけているのに、提案が遅い」。「正確な数字は出せるのに、方針が出せない」。もし今そう感じているなら、それは調査量の問題ではないのかもしれません。問いの立て方、つまり考える順番の課題として捉え直すと、抜け道が見えてくるはずです。
調べてから考える。その順番そのものを、一度疑ってみる。それだけで、積み上がった材料が判断へと動き始めます。