広告の見出しや説明文を考えているとき、「高品質な○○」「安心の○○」「満足度の高い○○」。こういった言葉を並べてしまいそうになるんですよね。気持ちはわかります。自分たちの商品やサービスに自信があるからこそ、「良い」と伝えたくなる。でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいのです。
あなたが街を歩いていて、すれ違った人にいきなり「僕、いい人なんです」と言われたら、どう思いますか。たぶん、少し距離を取りたくなると思うんですよね。
「良い」と言った瞬間、信頼が遠のく
広告文やLPで「高品質」「最高級」「満足度No.1」といった言葉を見かけることは珍しくありません。これらの言葉に共通しているのは、「自分で自分を評価している」ということです。
考えてみれば当たり前のことなんですが、広告は売り手側が作っているものです。売り手が「うちの商品は良いですよ」と言うのは、ある意味で当然のこと。だからこそ、受け手はそこに「まあ、そう言うよね」というフィルターをかけてしまう。
広告業界にいると、この構造を忘れがちなんですよね。毎日管理画面と向き合って、クリック率やコンバージョン率を追いかけていると、どうしても「何を言えばクリックされるか」という視点に引っ張られてしまう。でも、クリックされることと、信頼されることは、必ずしも同じではないと思うのです。
上手い広告は「良い」を使わずに「良い」を伝える
では、どうすれば「良い」を伝えられるのか。
僕がよく例に出すのは、飲食店の話です。「うちのラーメンは美味しいです」と書かれた看板より、「毎朝5時から8時間煮込んだ豚骨スープ」と書かれた看板のほうが、なんだか食べてみたくなりませんか。
前者は「美味しい」という評価を押し付けている。後者は事実を提示して、「美味しいかどうか」の判断を読み手に委ねている。この違いは、思っている以上に大きいんですよね。
広告文でも同じことが言えます。「高品質な素材を使用」ではなく「イタリア製の○○を使用」。「安心のサポート体制」ではなく「導入後30日間は専任担当がつきます」。「満足度95%」ではなく「継続率95%、平均利用期間は2年3ヶ月」。
抽象的な「良い」を、具体的な事実に置き換える。たったこれだけのことで、受け手の頭の中では全く違う化学反応が起きるわけです。
| tell(自己評価) | show(事実) |
|---|---|
| 高品質な素材を使用 | イタリア製の○○を使用 |
| 安心のサポート体制 | 導入後30日間は専任担当がつきます |
| 満足度95% | 継続率95%、平均利用期間は2年3ヶ月 |
「Show, don’t tell」は広告にこそ効く
「Show, don’t tell(語るな、見せろ)」という言葉があります。もともとは小説や映画の世界で使われる表現ですが、広告にこそ当てはまると考えています。
「彼女は悲しかった」と書くのは「tell」。「彼女はコーヒーカップを両手で包んだまま、冷めていくのを見つめていた」と書くのが「show」。前者は感情を直接伝えている。後者は、その感情を読み手に推測させている。
推測させることの何が良いかというと、読み手が自分で結論にたどり着いたものは、押し付けられた結論よりもずっと強く心に残るということです。
広告でいえば、「この商品は素晴らしいです」と言われるよりも、具体的な事実やストーリーを通じて「あ、これ良さそうだな」と自分で思えたほうが、購買意欲につながるのではないでしょうか。
ただし、「良い」を完全に排除する必要はない
ここで「じゃあ『良い』という言葉は絶対に使うなということか」と思われるかもしれないけれど、そういう話でもないんですよね。
たとえば、第三者が言う「良い」は、自分で言う「良い」とは全く重みが違います。お客様の声として「使ってよかった」「もっと早く知りたかった」といった言葉が添えられていれば、それは売り手の自己評価ではなく、買い手の実感です。
あるいは、受賞歴や第三者機関の認証なども、「良い」の根拠として機能します。自分で「良い」と言うのではなく、「良い」と言ってもらえる状況をつくること。これが広告表現のひとつの到達点だと思うのです。
「言わなくても伝わる」を目指すために
正直に言えば、「良い」を使わずに価値を伝えるのは簡単ではありません。商品やサービスのことを深く理解していないとできないし、ターゲットが何を求めているのかを解像度高く把握していないと、刺さる事実を選べない。
だからこそ、広告文を作る前に必要なのは、管理画面を見つめることではなく、商品に触れ、お客様の声を聞き、現場に足を運ぶことだと思います。
良い寿司屋の大将は「うちのネタは新鮮です」とは言わないですよね。目の前でさばいて、握って、出す。それで十分に伝わるから。
広告も、本質は同じなんだと思います。「良い」と言葉にしなくても、それが伝わるだけの事実と表現を持っているかどうか。そこが問われているのではないでしょうか。
あいも変わらずまとまりのない文章になってしまいましたが、広告文を書くたびに「これ、自分で自分を褒めてないか?」と一度立ち止まってみる。そんな小さな習慣が、広告の質を少しずつ変えていくのだと信じて、僕もまた仕事をしていきたいと思います。