はじめに:この事例について
この記事は、複数のASC移行プロジェクトの経験をもとに構成した架空の事例です。特定の企業の実績ではありませんが、実際の運用で起こりやすい課題や判断のポイントを再現しています。
ASCへの移行を検討している方の参考になれば幸いです。
背景:手動キャンペーン運用の限界
対象は、レディースアパレルを中心に展開するEC事業者です。月間の広告費は約200万円。Meta広告を主力チャネルとして運用していました。
キャンペーン構造は以下の通りです。
- リターゲティング用キャンペーン(サイト訪問者・カート放棄者)
- 類似オーディエンスキャンペーン(購入者1%・3%)
- インタレストターゲティングキャンペーン(ファッション関連)
- ブロード配信キャンペーン
合計4キャンペーン、8広告セットという構成です。ROAS 3.2、CPA 4,200円で推移していましたが、半年ほど横ばいの状態が続いていました。
伸び悩みの要因
分析の結果、主な課題は3つに絞られました。
1つ目は、広告セット間のオーディエンス重複です。類似1%とインタレストの重複率が40%を超えていました。同じユーザーに対して複数の広告セットが競合し、入札効率が下がっていた可能性があります。
2つ目は、運用工数の偏りです。8つの広告セットそれぞれの予算配分や入札調整に時間を取られ、クリエイティブの改善に十分なリソースを割けていませんでした。
3つ目は、新規顧客の獲得効率の低下です。リターゲティングのROASは高いものの、新規向けキャンペーンのCPAが上昇傾向にありました。
ASC導入を決めた理由
ASC(Advantage+ショッピングキャンペーン)は、ターゲティングや配信面の選定をAIに委ねるキャンペーンタイプです。手動で設定していた広告セットの分割が不要になり、構造がシンプルになります。
導入を決めた理由は3つです。
- オーディエンス重複の問題をAIの最適化に任せて解消できる
- 運用工数をクリエイティブ制作に振り向けられる
- 既存顧客比率の上限設定で新規獲得にも配分を確保できる
ただし、いきなり全予算を切り替えるリスクは避けたいと考えました。そこで、3つのフェーズに分けた段階的な移行計画を立てました。
移行の全体像
この3フェーズの設計が、結果的に移行を成功させた最大の要因でした。各フェーズの詳細を順に見ていきます。
Phase 1:少額テスト(1か月目)
全体予算200万円のうち、20%にあたる40万円をASCに配分しました。残り160万円は従来の手動キャンペーンをそのまま継続します。
準備したこと
ASCの開始にあたり、3つの準備を行いました。
クリエイティブの拡充。 既存の広告素材8本に加え、新たに7本を制作し、合計15本でスタートしました。静止画、動画(15秒)、カルーセルの3形式を含めています。
既存顧客比率の上限設定。 ASCでは既存顧客への配信比率の上限を設定できます。今回は30%に設定しました。新規獲得に重点を置きたかったためです。
カスタムオーディエンスの整備。 過去180日間の購入者リストをアップロードし、既存顧客の定義を明確にしました。
Phase 1の結果
| 指標 | 手動キャンペーン | ASC |
|---|---|---|
| ROAS | 3.1 | 2.8 |
| CPA | 4,300円 | 4,800円 |
| CV数 | 37件 | 8件 |
正直、最初の2週間は焦りました。ASCのROASは2.8で、手動を下回っていたからです。しかし3週目から徐々に改善し、月末にはROAS 3.0に到達しました。
事前に決めていた判定基準「ROAS 3.0以上」をクリアしたため、Phase 2に進むことを決めました。
運用メモ ASCの学習期間中に成果が安定しないのは想定内です。この事例では2週間ほどかかりました。学習期間中に予算を減らしたり、クリエイティブを大量に差し替えたりすると、学習がリセットされてしまいます。「最低2週間は触らない」というルールを事前にチーム内で共有しておくことが大切です。
Phase 2:予算シフト(2〜3か月目)
Phase 1の結果を受けて、ASCの予算比率を段階的に引き上げました。
- 2か月目前半:ASC 50%(100万円)/ 手動 50%
- 2か月目後半:ASC 65%(130万円)/ 手動 35%
- 3か月目:ASC 80%(160万円)/ 手動 20%
手動キャンペーンの整理
予算シフトと並行して、手動キャンペーンの整理を進めました。
まず停止したのは、類似オーディエンスとインタレストのキャンペーンです。ASCがカバーするオーディエンス領域と重複が大きかったためです。リターゲティングのキャンペーンだけは残しました。
構造の違い
手動キャンペーンとASCでは、アカウントの構造が大きく異なります。
手動キャンペーンでは4キャンペーン8広告セットに分かれていた構造が、ASCでは1キャンペーンに集約されます。広告セット単位の細かい制御はできなくなりますが、オーディエンスの重複問題は構造的に解消されます。
クリエイティブの量産体制
Phase 2で特に力を入れたのが、クリエイティブの量産です。ASCではクリエイティブの量と多様性がパフォーマンスに直結します。
制作体制を見直し、以下のサイクルを確立しました。
- 週に3〜5本の新規クリエイティブを追加
- 評価「低」の素材は2週間で差し替え
- 静止画・動画・カルーセルの比率を均等に保つ
この体制により、Phase 2の終了時点でクリエイティブは25本まで増えました。
Phase 3:完全移行(4か月目〜)
3か月目の時点でASCのROASが手動キャンペーンを上回ったため、4か月目から完全移行に踏み切りました。
ただし「完全移行」とは言っても、手動のリターゲティングキャンペーンは少額で残しています。理由は2つあります。
1つ目は、カート放棄者への即時アプローチです。ASCもリターゲティングを行いますが、カート放棄後24時間以内の接触を確実にするには、手動キャンペーンの方が制御しやすいと判断しました。
2つ目は、パフォーマンスの比較対象としての役割です。ASCだけになると、成果が良いのか悪いのかの基準がなくなります。手動キャンペーンを小さくても残しておくことで、相対的な評価が可能になります。
成果の推移
4か月間の成果推移をまとめます。
| 指標 | 移行前 | 1か月目 | 3か月目 | 4か月目 |
|---|---|---|---|---|
| ROAS | 3.2 | 3.0 | 4.2 | 4.8 |
| CPA | 4,200円 | 4,500円 | 3,500円 | 3,150円 |
| CV数 | 45件 | 43件 | 55件 | 63件 |
| クリエイティブ数 | 8本 | 15本 | 25本 | 30本 |
1か月目はROAS・CPAともに悪化しています。これはASCの学習期間の影響です。3か月目以降、クリエイティブの拡充とASCの学習が進むにつれて、数値が大きく改善しました。
最終的に、ROAS 3.2から4.8へ、CPAは4,200円から3,150円へと、約25%の改善を達成しています。
うまくいったこと
振り返って、成功要因だと感じている点を3つ挙げます。
クリエイティブの量産体制の構築
手動キャンペーンの運用で費やしていた時間を、クリエイティブ制作に振り向けたことが最大の要因です。週3〜5本の制作ペースを維持し、4か月目には30本体制になりました。
ASCでは、クリエイティブの量と多様性がパフォーマンスを左右します。広告セットの調整ではなく、素材の質と量に集中できたのは大きなメリットでした。
既存顧客比率の制御
ASCは成果の出やすい既存顧客に配信が偏りやすい傾向があります。既存顧客比率の上限を30%に設定し、新規顧客の獲得にも一定の予算が回るようにしました。
この設定により、新規CPAが許容範囲内に収まりつつ、全体のROASも改善するバランスを取ることができました。
段階的な予算移行
全予算をいきなりASCに移すのではなく、20%から開始して段階的に引き上げたことで、リスクを抑えながら移行できました。各フェーズで判定基準を設けたことも、チーム内の合意形成に役立ちました。
失敗と学び
一方で、うまくいかなかったことや、反省点もあります。
学習期間中の焦り
Phase 1の最初の2週間、ASCのROASが2.5まで落ち込む場面がありました。チーム内で「やはり手動の方がいいのでは」という声も出ました。
事前に「最低2週間は変更しない」と決めていたため踏みとどまりましたが、この合意がなければ早期に撤退していた可能性があります。学習期間の存在と、その間は成果が不安定になることを関係者に事前に説明しておく重要性を痛感しました。
クリエイティブ枯渇期への対応の遅れ
3か月目の後半に、クリエイティブの評価が全体的に下がる時期がありました。「クリエイティブ疲れ」の兆候です。
新素材の追加が追いつかず、1週間ほどパフォーマンスが落ち込みました。この経験から、常に制作中のストックを5本以上保持するルールを設けました。
運用メモ ASCのクリエイティブ疲れを早期に察知するには、クリエイティブ別の「パフォーマンスランキング」を週次で確認するのが有効です。「高」評価のクリエイティブが3本を切ったら、差し替えの準備を始める目安にしています。また、クリエイティブの「形式」(静止画・動画・カルーセル)にも偏りがないか確認しましょう。特定の形式に成果が集中している場合、その形式の新素材を優先的に追加すると効果的です。
手動リタゲとASCの配信重複
Phase 3で手動リターゲティングを残したことは正解でしたが、ASCのリターゲティング配信との重複が生じました。フリークエンシーが上がりすぎた時期があり、手動リタゲの予算を絞って調整しました。
完全にゼロにはしませんでしたが、月間の広告費全体の5〜10%程度に抑えることで、重複の影響を最小限にしています。
移行後の運用体制
ASCへの移行後、日々の運用は大きく変わりました。
以前の運用: 広告セットごとの予算調整、入札の確認、オーディエンスの重複チェック、配信面ごとのパフォーマンス確認。これらに1日あたり1〜2時間を費やしていました。
移行後の運用: クリエイティブの評価確認と差し替え判断、既存顧客比率のモニタリング、新素材の企画・制作。ターゲティングの調整に使っていた時間を、クリエイティブの品質向上に使えるようになりました。
まとめ:段階的移行で得た3つの教訓
この事例から得られた教訓を3つにまとめます。
1. 少額テストから始める。 全予算の20%程度から開始し、判定基準を満たしたら次のフェーズに進む。この段階的なアプローチがリスクを最小限に抑えます。
2. クリエイティブの量産体制を先に整える。 ASCではクリエイティブが最大の変数です。移行前に制作体制を構築し、週次で新素材を追加できる状態を作っておくことが成功の前提条件になります。
3. 学習期間を関係者と共有する。 ASCの学習には2週間程度かかります。その間のパフォーマンス低下は想定内であることを、事前にチーム内で合意しておきましょう。
ASCへの移行は、広告運用の考え方そのものを変える転換点でもあります。「ターゲティングを調整する」運用から「クリエイティブで勝負する」運用へ。この変化に対応できれば、自動化の恩恵を十分に受けられるはずです。