増額シミュレーションは、既存アカウントの予算を増やす提案の場面で使う簡易的な見積もりです。過去の配信実績から、費用とCPAの関係を近似曲線で表し、予算別の予想CPAと予想コンバージョン数を組み立てます。
この記事では、対数近似を使った作り方を、ダミー数値の事例で手順ごとに整理します。減額の検討にも同じ考え方が使えます。
増額シミュレーションで答えられる問い
増額の相談を受けたとき、運用者が答えを求められるのは次のような問いです。
- 予算を増やしたら、CPAはどの程度まで上がるのか
- CPAを一定額まで許容するなら、コンバージョンは何件まで狙えて、予算はいくら必要か
これらは「予算とCPAが、これまでどう連動してきたか」を過去実績から読み解けば、おおよその見当をつけられます。増額シミュレーションは、その連動のかたちを一本の近似曲線にまとめる試みです。
| 問い | シミュレーションで見るもの |
|---|---|
| 増額でCPAはどこまで上がるか | 予算を増やしたときの予想CPAの伸び |
| CPA上限内で何件狙えるか | CPA上限に対応する予算と予想コンバージョン数 |
| 増額の投資額はいくらか | 目標コンバージョン数から逆算した必要予算 |
作成手順の全体像
作り方は5つのステップに分かれます。過去実績から相関する2指標を取り出し、外れ値を除いて散布図にし、対数近似曲線を引き、相関の強さを確かめて、予算別テーブルへ加工する流れです。
以降の手順は、月間予算200万〜400万円ほどのリード獲得アカウントを想定したダミー数値で説明します。
手順1:データ準備と外れ値の除外
まず、相関しそうな2つの指標を過去実績から取り出します。ここでは費用とCPAを選びます。費用とコンバージョン数の組み合わせでも、ある程度の相関があれば同じように使えます。
データ量が多いほど近似は安定します。母数に応じて、日別・週別・月別のどれで数字を並べるかを調整します。ここでは月別の実績を並べました。
| 月 | 費用 | クリック | CV | CPA | CPC |
|---|---|---|---|---|---|
| 1月 | 1,800,000 | 8,370 | 209 | 8,600 | 215 |
| 2月 | 2,000,000 | 8,970 | 225 | 8,900 | 223 |
| 3月 | 2,200,000 | 10,000 | 250 | 8,800 | 220 |
| 4月 | 2,500,000 | 10,870 | 272 | 9,200 | 230 |
| 5月 | 2,800,000 | 12,170 | 304 | 9,200 | 230 |
| 6月 | 3,000,000 | 12,880 | 323 | 9,300 | 233 |
| 7月 | 3,300,000 | 13,750 | 344 | 9,600 | 240 |
| 8月 | 3,600,000 | 15,000 | 375 | 9,600 | 240 |
| 9月 | 4,000,000 | 16,130 | 404 | 9,900 | 248 |
| 10月 | 2,600,000 | 8,670 | 193 | 13,500 | 300 |
このうち10月は、記念セールで一時的に配信を広げた月です。ほかの月とCPAの水準が大きくずれているため、外れ値として除外します。メディア露出などの外部要因、特定施策などの内部要因で傾向から外れた点は、散布図にする前に外しておきます。
手順2:散布図と対数近似
除外後のデータで散布図を作ります。横軸に費用、縦軸にCPAを取り、点を配置して近似曲線を引きます。
費用とCPAは多くの場合、比例しません。予算を増やすほど獲得効率はゆるやかに逓減し、CPAの伸び方は少しずつ寝ていきます。この逓減のかたちには、直線よりも対数近似がなじみます。
近似曲線には、あわせて相関係数を2乗した「R2乗値」を表示できます。ここでは0.87でした。値が1に近いほど、費用でCPAをよく説明できていることを示します。
R2乗値の大きさは、一般に次のように評価されます。
| R2乗値 | 相関の強さ | 判断の目安 |
|---|---|---|
| 0.0〜0.2 | ほとんど相関関係がない | この2指標では見積もれない |
| 0.2〜0.4 | やや相関関係がある | 参考程度にとどめる |
| 0.4〜0.7 | かなり相関関係がある | たたき台として使える |
| 0.7〜1.0 | 強い相関関係がある | 見積もりの土台にできる |
今回の0.87は「強い相関関係がある」の範囲です。費用を土台にCPAを見積もる根拠として、ひとまず使える水準と判断できます。R2乗値が0.2を下回るようなら、その2指標の組み合わせでの見積もりは見送ります。
手順3:予算別シミュレーション表への加工
近似式が決まれば、あとは予算を代入するだけです。式 y = 1500 · ln(x) − 13000 の x に月間予算を入れると、その予算での予想CPAが求まります。
予想コンバージョン数は「予算 ÷ 予想CPA」で計算します。予想CPCは、直近のクリック単価の水準からあわせて見積もりました。これを予算50万円刻みで並べると、増額提案に使える一覧になります。
| 月間予算 | 予想CV数 | 予想CPA | 予想CPC | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2,000,000 | 228 | 8,760 | 219 | |
| 2,500,000 | 275 | 9,100 | 227 | |
| 3,000,000 | 320 | 9,370 | 234 | 先月費用のライン |
| 3,500,000 | 365 | 9,600 | 240 | CPA上限のライン |
| 4,000,000 | 408 | 9,800 | 245 |
このテーブルでは、2つの行をハイライトすると提案の起点が伝わりやすくなります。ひとつは「先月費用のライン」、もうひとつは「CPA上限のライン」です。
- 先月費用は3,000,000円で、そのときの予想CPAは9,370円
- CPA上限を9,600円までと置くと、対応する予算は3,500,000円あたり
- つまり50万円の増額で、コンバージョンは320件から365件へ、45件ほどの上積みが見込める
この見せ方なら、「いくら増やせば、CPA上限を超えずに何件増えるか」を1枚で説明できます。増額の投資額と、その見返りとしての獲得件数を、同じ土台で並べられる点が使いどころです。
使うときの注意
このシミュレーションは手軽な反面、外し方を誤ると提案の信頼を損ないます。使う前に次の点を確認します。
- R2乗値を確認し、相関が弱い(0.2未満)2指標で見積もっていないか
- 外れ値を、外部・内部要因で説明できる点だけに絞って除外したか
- 除外した点の理由を記録し、提案の場で説明できる状態か
- 予測の断定ではなく、たたき台として提示する前提を共有したか
- 未実施の施策や改善余地など、数字に表れない仮説を別途添えたか
とくに大きく増額する場面では注意が必要です。近似曲線は手元のデータが並ぶ範囲でだけ確からしく、その外側へ大きく延ばした予想は精度が落ちます。実績のある予算帯から遠く離れた増額ほど、見積もりの幅を広めに見ておきます。
数字は当てるものではなく作りにいくもの
ここまで手順を追ってきましたが、実績データはあくまで過去のものでしかありません。近似曲線が示すのは「これまでの傾向を延長したらどうなるか」であって、これから起きることそのものではありません。
シミュレーションを組むとき、私たちは無意識に仮説を織り込んでいます。あのメニューがまだ未実施だからインプレッションはもう少し伸ばせる。広告文に改善の余地があるからクリック率はもっと上げられる。そうやって各指標や係数に手を入れているはずです。
だとすれば、シミュレーションは予測というより仮説です。数字は当てにいくものではなく、作りにいくものだと考えています。予測の精度を上げることに力を注ぐより、目標から逆算した軽い仮説立てを何度も繰り返して、実際の運用で数字を作っていくほうが、増額の場面では前に進みます。
| 見方 | シミュレーションの位置づけ |
|---|---|
| 予測として使う | 過去の延長線を当てにいく。外れると信頼を失う |
| 仮説として使う | 未実施の施策や改善余地を織り込み、達成へ向けて数字を作る |
近似曲線はあくまで出発点です。そこに運用者の仮説を重ねてはじめて、増額シミュレーションは提案として機能します。
まとめ
増額シミュレーションは、費用とCPAの過去実績を対数近似でならし、予算別の予想CPAと予想コンバージョン数に組み立てる簡易的な見積もりです。
手順は、相関する2指標を取り出し、外れ値を除いて散布図にし、対数近似曲線を引き、R2乗値で相関の強さを確かめ、近似式を予算別テーブルへ加工する流れでした。先月費用とCPA上限の2本のラインをハイライトすると、増額の余地が1枚で伝わります。
ただし、これは統計の裏付けがある手法ではなく、過去の傾向をならしただけの仮説です。数字は当てにいくものではなく作りにいくものと捉え、運用者自身の仮説を重ねたうえで、増額提案のたたき台として活用してください。